Mystery Girlsの新譜"Incontinopia"が殊の外おとなしくなっていて少し寂しい気持ちになった。
人生についてはいつかは悩まなければいけないことなので、先に悩んだ人の方が強い。
集団が苦手なのは以前にも書いたが、コミュニケーション以外にも苦手な原因があった。 集団の中にある悪意だ。 一対一のときには、絶対と言ってもいいほど見えてこない人間の醜い部分が、集団になると力を得たかのような錯覚からか現れてくる。 集団の中では扇動力のある人が強い。 扇動力の基本は図々しさだ。
「信じると裏切られる」という条件化で、裏切られないためにとるべき行動は信じないこと。
リアリティはないけどそこに存在するのはリアル。 でも必要なのはリアリティの方だと思う。 それは人のフィルタを通さないと世界が認識できないから。 でも、リアリティのないものはリアルでないとしてしまうと矛盾してしまう。
バンドのデモ音源を作成。 バンドのメンバと音楽観についていろいろと話す機会があって、音楽に対するプリミティブな感情を思い出したので忘れないようにメモしておく。
一番プリミティブな欲求は多分、アイデンティティを肯定されたいということなんだろうけれども、その手前には自分で自分のアイデンティティを認めてあげたいというものがある気がする。 自分で自分のアイデンティティを認めるのは、納得のいく演奏ができたら完結なので妥協が可能だが、リスナを揺らしたいという第三者に依存する欲求は自己完結できないので難易度が高い。 でも、リスナを揺らすことができたら、お金を払ってくれたりするよりもかなり嬉しい対価だと思う。 ライヴに社交場としての価値しかないなら考えちゃうな。
自分の演奏している音楽をいいと思ってもらいたいということもあるが、それに加えて自分の聞いている音楽もいいと思ってもらいたいと思う。 どちらも自分のアイデンティティが肯定されている気がする。 その逆もまた然り。 諸刃の剣。 でも、万人受けしないことも知っているつもりだし、万人受けされても困る。 それはそれで自分のアイデンティティが否定されている気がする。 マイノリティでないと満たされない欲求も存在するというある種の矛盾。
結婚式の2次会、3次会と渡り歩き、Remain Onのイベントにかなり遅刻気味で鑑賞し、打ち上げにもがっつり参加しつつ終電で帰る。
「酔っ払っている」ということが、ハイテンションな自分を受け入れてもらえる免罪符でも手に入れたかのような気がしてちょっと楽しい。 プリミティブな部分ではきっと他人に絡むことが好きなんじゃないかと思ってみたとかみないとか。 普段がわりと真面目なせいか、「少しくらい酔っ払っていた方がいい」という意見を多く聞く。 理性のないプリミティブな自分を受けれてもらえるのは嬉しい反面、普段の自分が否定されているような気がして寂しさもある。 複雑。 どちらも同じ自分なのに別の人のような扱いだからだと思う。
こうも他人の人生の転機を目の当たりにすると、自分は仕事ばかりしていていいのかと少し不安になる。
Jefferson Airplaneのライヴ盤を聞いて思ったのは、何ともアメリカ的なサウンドだということ。 ロック(一般化した表現)を大別するとアメリカ的かイギリス的かで大体分類できる気がする。 ウチのバンドのメンバの好みは大概アメリカ的な方なのではないかと思った。 そんでもって、私はイギリス的なんじゃないかと。
Living Endの新譜(といっても少し古いが)"White Noise"を聞いて、何ともビッグ・バンド系(ブラス・バンドを従えているという意味ではなく、大きい箱向けという意味)の曲が増えてつまらなくなったと思った。 しかしながら、おまけのライヴDVDを見たら、結構昔の曲をやっていてカッコいいじゃんと思った。 拒絶反応を示した時期もあったが、基本的には青春時代に聴いていた音楽ということで何か特別な気がする。 それは置いておいて。
昔の曲をライヴで演奏するバンドは、既にある曲種を避けて曲作りをする傾向があると思う。 だから派手な曲が既に持ち曲にある場合は、それ以上派手な曲が増えないという。 だから、アルバムとして新曲だけ集めるとつまらない印象になるという。
Living Endのライヴでごく初期の曲とかを演奏しているのに、"Modern Artillery"から一曲もやっていないのが「あぁ」って思った。
1日遅れのハロウィーン的なパーティ。 ハロウィーンといえばゾンビということでゾンビ的なボード・ゲームをしたとかしないとか。
Jefferson Airplaneのライヴ盤を借りた。