Diary 2001-04


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2001-04-29

日本放送協会の番組で、「過半数を超えた」という表現が使われていた。 意味的には間違っていないが、使い方が間違っていると思う。 それとも、昨今では「過半数を超えた」という表現は慣用句化してしまったのだろうか。 僕の器が小さいだけですか。


2001-04-25

中学の時の某先生が、成績とある事の関係性を見つけたと言った。 そのある事とは、黒板を写す時の黒板を見る回数である。 多分、一辺に覚えられる情報量が多い程、成績が良いという意味だろう。 微妙に言いえていると思わない?


2001-04-21

「明日がある」というよりも、「明日もある」といった気分。


2001-04-18

去年、秋葉原の駐車場に毎日のように停まっていた銀のフェラーリを見かけなくなってしまった。 切ない。 あの人も朝早くから頑張っているのだから、自分も頑張ろうと思って去年は過ごしてたのに。


2001-04-13

多くの駅で、駅のホームと線路の段差の所に派手な金具を取り付けているのを発見。 転落者が登る為か。 電車の緊急停止ボタンの付いている柱が紅白にペイントされているけれど、見慣れてしまったら関係ないんだろうな。


2001-04-12

うちの大学、工学系の大学なのにマイクに息を吹きかけたり、叩いたりする人がいる。 マイクが一番苦手な事なのに。


2001-04-11

ザ・ジャムのイン・ザ・シティがとうとう、聴けないほど音飛びするようになってしまった。 もう一枚買うべきなのだろうか。


2001-04-08

エレクトーンが日本放送協会で使用できない単語のリストに載っていると言うので、調べたら商品名って事ね。

何気に聞いた椎名林檎の新曲格好いいっスね。 なんだか、掌を返してばかりだ。 見る目がないのか。 舞姫なのか、林太郎なのか。 「森鴎外」って正しく変換できねぇ。


2001-04-05

「情報の自転車操業」と言うと聞こえが悪いので、「情報のお裾分け」と呼ぶ方向で。

レトログレッションって、何時の間にかメジャーでCDを出していたのね。 MAD3のエディのプロデュースみたいだ。 手を出したいバンド過多だ。


2001-04-04

メディア(主にテレビ)の法規制について。 有害性を指摘している側の人は、その手のメディアを見た事がないのだろうか。 見た事があるから有害性を指摘しているのか。 権利の問題か。 あるデータによると、PTAの騒ぎ方も親の声を反映していない。 テレビについてのデータだが、規制すべき44%、規制すべきでない44%、その他12%である。 この数字にはトリックがあって、規制すべきの内訳は、法による規制を望む50%、自主規制で良い50%である。 つまり、親の意見の多数決では、22対66で法規制は望んでいないという事だ。 PTAが毎年調べていると言う子供に見せたくない番組というランキングも無意味だ。 見せたくない理由が考慮の対象ではないのか、と思うからだ。 テレビの有害性は親が指摘し教育すればいいと言う意見もあるがこれには否定的である。 PTAは、昨今の日本では難しい状況にある考え方だから社会の協力が必要だと言う。 難しい状況は確かだ。 しかし、社会の協力となると話は別だ。 テレビは情報が無料で垂れ流し状態だから、見たくないものも見てしまうかもしれないと言う。 しかし、テレビは自分で切る事が出来る。 自分で消せない子供はどうするか? 点けないというのはどうだろう。 消せないのだから点けられないという理屈。 無理がある? では、その辺は要再考と言う事で、次に。 法の条文もおかしい。 有害性を指摘できる人間が、総理大臣と都道府県知事なのである。 テレビが権力を監視する装置という意見はまだよく分からない。 法の制定が強行されない事を望む。 その時は、議事堂に向かって石でも投げるか。


2001-04-03

文章で外人が喋っている片仮名の台詞は、頭の中で片言で読んでいる事に気付く。 これも差別か、などと差別について語っていて思った。 いや、偏見か。 偏見は差別か。 そんな、禅問答。



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