商品先物取引の歴史
縄文時代〜伊丹商品取引所
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| コミックマーケットに参加する縄文人たち |
商品先物取引の歴史のスタート地点は今から2万年ほど前です。それまで日本列島は大陸と陸続きでした。本州、九州、四国、北海道、エロマンガ島なども全て大陸と完全に繋がっていて、その間に後に日本海と呼ばれる大きな湖がありました。
日本人の祖先は大陸からコミックマーケットに参加するため日本列島にやってきた人たちでしたが、列に並んでいる間に北極の氷が溶けて海面が上昇し、日本列島は大陸から切り離されてしまいました。彼らは急いで帰宅しようとしましたが、「ムーンライトながら」の指定席が満席だったので、仕方なく日本列島に住み着いて「縄文人」を名乗りました。
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| 縄文式土器と土偶2体(田能遺跡) |
商品先物取引はその頃、今の兵庫県伊丹市と尼崎市にまたがる田能遺跡で始められました。当時ここにはKブックスやゲーマーズに出入りする事を最大の喜びとする縄文人が集落を作って生活していました。彼らは高校日本史の参考書を手本に竪穴式住居や縄文式土器を製造し、全世界を「ぷに」と「萌え」で支配するため『トゥ・ハート』を制作しました。これが伊丹商品取引所に上場され世界初の先物市場が完成しました。これによりゲームソフトの公正な価格形成と安定した供給が実現し、縄文人達はメッセサンオーやソフマップに早朝から列を作る仕事から解放されたのです。
しかし残念ながら先物市場は長く続きませんでした。縄文人達は大きな過ちを犯してしまっていたのです。それはソフトが開発されても、当時はまだそれをプレイするためのコンピュータが開発されていないことでした。縄文人達は先物市場で発売前に買い付けたエルフの『同級生3』が実は自分たちにはまだプレイできないことを知り、発売日を待たずに多数の個人投資家が手仕舞いしてしまいました。これにより先物市場は衰退化していきました。しかし一部の縄文人たちは、
「愚か者が!コンピュータがなくとも、心のコンピュータでプレイすればよいだろうが!」
と主張し、100人乗っても大丈夫な高床式倉庫でソフトを保存する事に決定しました。しかし物置の鍵を誰かが紛失してしまい、このソフトは今も発売されずにいるのです。
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| 弥生人と縄文人の争い |
紀元前5世紀頃、大陸から弥生人が海を渡って日本にやってきました。彼らは緑髪のアンドロイドに萌え転がっている縄文人を見て
「縄文人って、不潔で意味不明な隠語を操って、日本転覆はかる社会不適格者の集団なんだから!」
と言って村を焼き討ちにしてしまいました。
こうして縄文時代は終わりを告げ、農耕や金属器といった面倒な文化を持つ弥生時代へと時代は変わりました。ちなみにこの時日本橋へ買い出しに行っていて難を逃れた縄文人たちは地下に潜伏し、後に故郷へ帰り「Leaf」を設立したといわれています。
縄文のビーナス・土偶について。
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| 頭に炭を乗せた土偶(南部遺跡) |
この時代の文化を語る上で欠かせないものに「土偶」がある。田能遺跡以外にも全国の縄文遺跡で発掘されており、青森県の三内丸山遺跡からは1300体以上の土偶が発掘されている。土偶の大半は女性を模ったもので、等身が小さい割りには目と胸が大きく作られている。大きさはガシャポンフィギュア程度から女性の身長(150cm)に匹敵するものまで存在し、その種類もバラエティーに富んでいる。
これらの土偶は一体何の目的で作られていたのだろうか?特に女性の生殖機能を強調していることから、豊穣、多産などを祈る呪術的役割を持ち、既にこの頃から縄文人たちの間で偶像崇拝観念(別名・フィギュア萌え族)があったという説もある。
写真の土偶は和歌山県の南部遺跡から出土したものだが、何故か頭に炭を乗せている。これは縄文時代に既に炭焼きの技術が確立していた事を証明するものである。