優駿浪漫えりもの春

田舎のバスはな、マルロウが多いんだよ(by霧島聖
岬を目指して

 岬行きのJRバスはそのダイヤを見ても解るように,乗客の大半が通学の中高生と病院,買い物通いの老人という典型的なローカルバスだ。地元のジイちゃんバアちゃんを大量に載せて発車を待つ。
 11時35分発車。小さな市街地を抜けるともうそこは太平洋の断崖絶壁だ。途中バスは国道を離れ「アポイ山荘」という老人保養施設の前で停車,一人のバアちゃんが障害者手帳を見せおぼつかない足取りでバスを降りていく。

 幌満という小さなバス停で小学生たちの一団が乗ってきた。男の子2人に,女の子2人。みんなちゃんと運転手に挨拶をして乗ってくる。秘境を行くローカルバス車内の平均年齢がぐっと若返った。
 まもなくバスは最果ての町,えりもの市街地に突入。役場,スーパー,郵便局が対峙するえりも本町バス停で老人達は下車していった。脇に「岬まで15Km」という標識が建っている。
 

遠くへ逝きたい...
ローカルバスはさいはてを目指す

 すっかり乗客を降ろしたローカルバスはいよいよ岬へ向けてラストスパート。町外れの高校の丘には巨大な風車が回っている。ここ襟裳は我が国有数の「風の町」。道路沿いには「強風注意」の標識が立ち並び,その脇で風力を表す緑色のこいのぼりが烈しく真横にはためいている。
 
 間もなくバスは岬へ伸びる一本道をひた走る。小さな漁港が時々現れる以外は殺風景な荒野が続き,さいはての地へ来てしまったという実感がぐっと高まる。
 やがて両側から海が迫ってきて、岬のどん詰まりでバスが停車。12時32分、えりも岬バス停に到着。バスを降りると早速冷たい強風が全身に吹き付けた。

えりもの春は...

 えりも岬は風速10メートル以上の風の吹く日が年間290日以上もある日本屈指の強風地帯。今日も岬には冷たい強風が吹きつけ、この世の果てを思わせる。
 オフシーズンの平日とあって人影は少なく、岬の土産物屋も固く扉を閉じている。観光施設「風の館」の館内はほとんど貸し切りだった。えりも岬の気象や町の歴史が紹介され、実際の強風を体験できる施設では一人バーチャルな強風に吹きつけられ、一時の旅の休息を過ごした。
 
 

北海道の果て

 岬の展望台はまさに風極で、凍てつく強風に立っているのも苦しいほど。すぐ脇にはこの岬を唄った二人の演歌歌手の歌碑が並んで雪に埋もれている。
 岬の先端へと続く階段を、雪を踏みしめ一歩づつ歩く。吹き付ける風の強さに柵を握ってゆっくり下るのが精一杯だ。
 北海道の背骨こと日高山脈が、海へとその姿を沈めていく。もうこれ以上進むことが出来ない岬の袋小路に立つと、眼前に太平洋の大海原が360度視界いっぱいに広がっていた。

落石注意(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
断崖絶壁、すごい悪路です。

 14時57分発のJR北海道バス広尾行き。車内は「様似→広尾」と書かれた切符を握る地元の青年を除けば皆老人達で、次の漁港の小学校前で降りていった。
 クロマツの林の中を行く。ここはかつて入植者による伐採で「えりも砂漠」と呼ばれた不毛の地を、緑を取り戻したい地元の人々が苗を植えて育てた人工林だ。

 バスは黄金道路こと国道336号線へと差し掛かる。日高山脈の岸壁が直角に海へと落ちるこの区間の国道建設は難航し、まさに黄金のように建設費がかかったことから付けられた名前である。太平洋の断崖絶壁すれすれを、幾つもの覆道と遂道をくぐりながらバスは行く。
 
 日高の国から十勝の国に入ると海岸線が次第に緩やかになり、やがて広尾の市街に入る。目抜き通りの商店街を抜け、15時56分広尾着。
 

広尾駅跡

 広尾は十勝平野の最南端に位置する町で、かつては帯広から鉄道が延びていたが国鉄末期の16年前に廃止された。ここ広尾のバスターミナルはかつての駅で、バス待合室兼旧駅舎は広尾線資料館となり、古い鉄道路線図や駅備品類の脇で鉄道を知らない世代たちが下校バスを待っている。

昔の鉄道窓口でバスの切符を発売中。
かつては国鉄広尾線、広尾駅

 16時9分発の十勝バス帯広駅前行き、車内は下校の高校生たちで満員だが、町外れの停留所ごとに一人、また一人とバスを降りていき、瞬く間に車内も車窓も閑散となる。
 針葉樹の森の中を一直線に北へと伸びる道路。途中「野塚5線」という停留所で女の子が二人降りていった。付近には数軒の牧場しかないことから二人とも牧場の娘さんだろう。一人の子がバスを降りたとたん雪の中へ落っこちてしまい、もう一人の子が手を握って雪の中から必死に引っこ抜こうとする。

道の駅「大樹」にて

 日高山麓に陽が沈む。雪原が冬のか弱い夕日に照らされ、ほのかな桃色に染まっていく。16時47分、沿線最大の町、大樹着。鉄道に替わって建てられたターミナル「道の駅大樹」でバスも一休みする。役場の裏庭にかつてこの地を駆けたと思しき蒸気機関車が、ぽつんと寂しく置かれている。
 
 ナウマン象の骨が出土し有名になった忠類を過ぎ、夕暮れの十勝平野をひた走る。あたりを見回しても時折現れる牧場以外は全て雪原かシラカバ林で、日没と同時にダークブルーの世界が訪れる。この辺りは我が国有数の畑作地帯で、特に国内で生産される大豆のほとんどがここ十勝平野で栽培されている。
 

対向車が全く来ません
十勝平野の一本道

 ちなみにこの辺りは入植地で地名が不足しており、バス停名も「南11線」「南10線」や「33号」など無味乾燥なものが続く。しかしかつて鉄道の駅があった場所だけ「上更別」など昔の駅名が付いている。かつて彼の地を走った鉄道は廃止後16年も経ってしまえばさすがにかつての面影はなく、線路跡もこの深い雪の下だろう。しかしバスは時折国道を離れて小さな市街へ入っていくことがある。そしてかつての駅前メインストリートと思しき商店街を抜けると、役場、農協、郵便局。そしてそれらと対峙するように真新しいショッピングセンターが建ち、その前に鉄道時代と同じ名のバス停が立っている。
 そして鉄道時代を知らない若者が、定期券を見せてバスを降りていく。

 陽はどっぷりと暮れてしまい、辺りを暗黒の世界が支配する。

帯広駅

 「幸福」というバス停を通過する。福井県からの入植者が創った町ということで付けられた地名だが、ここはかつて「愛国から幸福行き」の切符で有名になった幸福駅の跡地である。駅舎跡は鉄道公園として整備され、道央の観光名所にもなっている。ちなみに隣の愛国駅舎も健在で、実はこの「愛国から幸福行き」の切符も国鉄から十勝バスへと引き継がれ今も販売されている。

 愛国バス停を通過し札内川を渡ると終点帯広は近い。国道と分かれて郊外へと入ると前方に帯広の町の灯りが見えてきた。市街に入り、18時20分、帯広駅前到着。

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