楊貴妃の里をたずねて

益田競馬場から臨む日本海

 帰宅ラッシュで大混雑のJR東京駅。隣の東海道線ホームからはスーツ姿のサラリーマンを詰め込んだ湘南電車が次々と発車する。そんな喧噪とはうってかわって静かな東京駅10番線ホームから、山陰行きの寝台特急「出雲」が発車する。
 発車10分前に電気機関車に引かれた9両の青い客車が入線する。先頭の1号車がA寝台個室車な以外は全て開放型のB寝台車で、食堂車も営業を休止し休憩所になっている。
 
 最初の旅は山陰の日本一小さな競馬場「益田競馬場」を訪ねてみる。東京からはるか1100Km離れた彼の地へ直通する汽車は無く、途中の出雲市で地元の急行列車に乗り換える必要がある。ちなみに東京から出雲市へは2本の夜行列車が運転されており、米子から先へは山陽・伯備線経由の「サンライズ出雲」のほうが所要時間も短く運賃も安いのだが、山陰本線経由を頑なに守り続ける先輩に敬意を示し、今回はこの列車で出発する。

出雲号、一番安いB寝台券

 21時10分発車。大手商社の本社ビル群を見ながら小雨舞う夜の丸の内を行く。併走する京浜東北線や山手線は帰宅客で満員だが、我が寝台特急「出雲」はまったく優雅なものである。ここで向かいの寝台の鳥取県の倉吉へ帰るという初老の社長と酒を呑み交わす。社長は地元で電気店を経営しており、年数回東京で行われる業界関係者の会議に出席した帰りとのこと。帰りに寄った秋葉原の電気街には圧倒したと語って下さった。
 多摩川を渡ると神奈川県である。川崎、鶴見、大都会東京を抜けても市街地は全く途切れる気配がない。外は雨足がまた強くなったようで、窓ガラスが瞬く間に水滴で濡れる。

 21時34分、最初の停車駅、横浜へ到着。ホームに並ぶ列は次の普通列車を待つ列で、我が「出雲」に乗車してくる人は少ない。
 大船を過ぎると早くも「おやすみ放送」が流れた。懐中時計の針はまだ10時前だが、社長もおやすみの準備を始めたことだし寝てしまうことに決定する。通過する駅のホームには10時に寝たくても寝られない人たちがまだ帰宅列車を待っていた。


 目覚めればそこは丹波の里。夏至の早い日の出が山中の霞を照らしている。時刻は朝の4時30分。通過する駅ホームの駅名標はJR西日本バージョンで「胡麻」とあった。
 5時20分、福知山着。福知山線が別れる北近畿のジャンクションもまだ目覚めには早いようだが、日は既に高い。
 播但線が別れる和田山を通過し、円山川に沿って走る。6時20分着の豊岡をすぎると円山川がぐっと近づき、川向こうでは玄武洞の洞穴がぽっかり大きな口をあけている。
 温泉街の城崎で電化区間が終了し、以降の山陰本線は急カーブと小さなトンネルが連続するローカル線となる。竹野を過ぎると右手いっぱいに日本海が広がった。山陰の海は梅雨空の下で心なしか静かに黙っているように見える。線路脇に可憐な紫陽花の花が咲いている。

鳥取駅停車

 オルゴールのチャイムが鳴り「おはよう放送」が流れた。時刻は7時少し前、町もそろそろ目覚める頃か。佐津では大勢の高校生たちを乗せた上り普通列車とすれ違った。
 小さな漁港を淡々と結び、7時00分香住着。ここから「出雲」は寝台券なしで乗車できる「昼間の特急」になるので乗客全員起きなければならない。22時就寝、7時起床。中学校の林間学校を思い出す。向かいホームに大阪行きの特急「はまかぜ2号」が止まっている。
 海岸線は更に険しくなり、列車もゆっくりとした速度で急カーブを繰り返す。小さなトンネルを抜ける度にひなびた漁港が現れ海が広がる。間もなく列車は山陰本線の白眉、余部の大鉄橋を轟音を立てて通過する。真下に見える集落の家々の小ささに思わず目がくらっとなる。

 湯村温泉への玄関駅、浜坂に到着。駅構内には蒸気機関車時代の古い給水塔が残っていた。県境を越えて鳥取県へと入る。沿線には紫陽花が満開で、線路脇の小道をランドセルを背負った小学生の一団が歩いている。間もなく前方に鳥取の市街が見え始めた。

松江駅にて、一休み。

 7時56分、朝のラッシュで大混雑する鳥取駅に到着。ここから立席特急券でたくさんの乗客が乗ってきた。隣の寝台、いや座席には部活の大会へ向かうという女の子たちが乗り込み、朝から絶口調である。

 倉吉で社長が下車していった。かわりに米子で開かれる会合へ出席するという商工会の人たちが乗ってくる。倉吉市の経済の話、議会の話、はてはムネヲやマキコの話までが飛びだし、朝から過激なディスカッションが始まった。

 山陰の穏やかな海に沿って列車は走る。左手には雄大な大山がそびえ立っている。伯耆大山で伯備線と合流し、9時30分、米子に到着した。

 東京からの乗客をすっきり降ろし、列車は身軽な姿で終点出雲市へ向かってラストスパートをかける。天気は回復し空には晴れ間も見えてきた。中海、宍道湖の湖畔を過ぎると遠くにカボチャのような形をした出雲ドームが現れる。高架橋で市街を抜けて、10時53分出雲市着。

スーパーおき3号、益田にて

 出雲市発11時9分の山陰本線下り特急「スーパーおき3号」はたった2両の田舎急行だ。1両しかない自由席は人がめちゃくちゃいっぱいで座れない。そこでわたくし、躊躇せず指定席車へ、しかも一番前の1号車1Aをげっちゅ。多少の出費は痛いが、前面展望を楽しみつつ夏の山陰海岸を堪能しよう。

 小田を出ると早速右手に海が現れた。新型車両の窓いっぱいに夏の海が広がっている。山陰西線の海はとにかく広く穏やかで、エメラルドグリーンの水平線が車窓いっぱいに展開する。

 ちなみにこの「スーパーおき」に使われるキハ187と呼ばれる車両は昨夏に登場したばかりの新型列車で、振り子の力を使ってカーブ時に車体を自動的に傾け重心を調整し、速度を落とさず走行し所要時間の大幅な短縮を実現した。そのためカーブを曲がる度に車体は左右にくねくね揺れ、まるでゲームセンターのバイクゲームで遊んでいるようだ。しかしどうもひなびたローカル線に新型急行はいまいち似合わない。海岸沿いの小さな無人駅もびゅんびゅん通過していく。もっとゆっくりいこうぜ!

 太田市、江津、浜田と島根県西部の中小都市を繋ぎながら走り、12時45分、ついに目的地の益田に到着した。

 石見の国の西端に位置する益田は日本一小さな競馬場で有名な町だが、競馬場巡りは明日に回して山陰本線を更に西下する。さっそく12時53分の下り鈍行列車に乗車した。新型特急からオンボロ単行気動車に乗り換えるのはちょっとしっくりこないが、地元のジィちゃんバァちゃんの威勢の良い方言が飛び交う車内は旅情満点だ。山陰本線はやはりこうでないといけない。
 ホルンフェルス大断層がある須佐で買い物帰りの乗客が大量に下車し、以降も夏の海に沿って単行気動車は淡々と走る。砂浜あり、奇岩あり、そして沖には名も無き小島が現れる。小さな入り江の港町にも小さな小駅があり、鈍行列車が一つ一つ丁寧に止まっていく。
 維新胎動の地こと萩を過ぎ、14時37分長門市着。駅前で軽く餌を仕入れて更に西行き鈍行列車へ乗り換える。15時04分、人丸着。ここからバスに乗り換え本州最北西端の港町を目指す。
 
 ブルーライン交通の大浦行きバスは汽車の乗り継ぎを受けて15時25分に発車する。乗客のほとんどが買い物と病院帰りの老人という、典型的な過疎地のローカルバスだ。
 バスは油谷湾に沿って走り、本州の最北西端に突き出したような形の向津久半島へと突入する。川尻という小さな漁港で乗客を降ろし、入り江に沿って小さな道を走っていく。
 バスは間もなく「二尊院」という小さな停留所に到着した。乗降は私一人だけ。停留所脇の階段を上がれば「楊貴妃の里」と名付けられた広場がある。

 実はここ油谷には世界三代美女と呼ばれた「楊貴妃」にまつわる一つの伝説がある。

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