・昔の友達

 押し入れの中の段ボールの中を探していると、さらにある原稿用紙の束が入った封筒を見つけた。 一体何だろうと思って中を見てみると、それは全て私に向けてのメッセージであった。

 私は小学校4年生の時、ペルテス氏病という股関節の病気で、突然長期入院を余儀無くされた経験を持つ。 その原稿用紙の束は、そんな私に向けてクラスメートが書いてくれたメッセージの集まりだった。
 久しぶりに読んでみると、I澤君(管理人の名前)がいなくて寂しいとか、早く治ってねとか、最近 あった出来事だとかが書かれてあった。さすがに小学4年生が書いただけあって、文章は下手だし 「を」と「お」、「は」と「わ」の使い方を間違えてるとかほほえましいものがあったのだが、 その中で、その後中学校、高校と同じになるしゅうえつ君の文が私の目をひいた。
 今回本人の承諾なしで掲載したいと思う。当時しゅうえつ君がクラスでちょこっと嫌われていたというのを 知った上で読んで頂きたい。

「  (中略)
あとぼくは水曜日にけんかになりました。それはまずまきちゃんがじょうだんで
「もうそうじおわり」
と言いました。そしたらぼくが、
「まだちゅうとはんぱじゃないか」
と言いました。そしたら口げんかになってしまいました。それをとめにきたたかし君を ぞうきんでたかしくんのあたまをはたいてしまいました。そしたらそのぞうきんが目に入って しまいました。そしたらたかし君がいかって
「ウオー。」
いかってきました。
そしてほうきでぼくの首や手をはたきました。そしたら二人とも ないてしまいました。そしてみんなは、
「秀悦くんがわるい。」
と言いました。しかし先生は
「二人ともわるい」
と言いました。しかしそれからすぐになかなおりしましたがぼくはいかってもう1回 ぜんぶふいたり、はいたりしました。
 おわり。         

「いかって「ウオー」といかってきました。」の部分も面白いが、 文の最後にあるような行動に出るあたりが、大変素晴らしく私の心を打つ名文である。
ちょこっと彼が嫌われていた理由が伺えて、懐かしい気持ちにおそわれた。
彼は大学は福島大学に現役で行ったのだが、自宅から通っており彼の家が私の家に近いこともあり たまに見かけることもあった。
彼は元気なのだろうか。順調にいってれば大学卒業してるはずなのだが。
昔の友達のその後が気になる2000年の冬である。